つぶやき日記

アニメ・漫画・不思議な話、敏感体質、体調の事等など、色々つぶやきます。 

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5月29日に「ゴジラ大全集」(サウンドトラックCD)再発売!

こんにちは。昨日、免許更新に行った疲れがまだ取れていません・・・。

 

それはさておき、これも今知りました。

 

ゴジラ大全集」なるサウンドトラック(BGM)のCDシリーズが、再発売との事。

バラ売りなので、好きな作品だけ購入できます。一枚、税込2149円と、お手頃価格。

 

article.yahoo.co.jp

 

私はもちろん自分は、一番好きな第一作目のCDは買います(古い音源はあるのですが)。という事で、速攻予約しました。

 

先日の「ガンバ」DVDといい、どれも「5月29日」が発売なのは、何かイミがあるのだろうか?(笑)

 

では。

 

PS: これとは別に待望の、とあるグッズ類がやっと今届いたのですが、そっちは整理出来次第アップしたいな~と思っています。ヤッホ~~♪

劇場版「ガンバの冒険」のDVDが来週出るわ・・・

こんばんは。ちょっとバタバタしてるので、今日はこれだけ。

 

昨日気づいた情報。

ガンバの冒険ソノシート

 

以前、TVシリーズ「ガンバの冒険」のDVDを安価で出した「ぴあ」から、5月29日に劇場版「ガンバの冒険」のDVDが出るそうです。続編の映画「ガンバとカワウソの冒険」も収録との事。原作者の斎藤敦夫さんと、ガンバ役の野沢雅子さんのインタビュー付き。

来週発売なので、慌てて予約しました。前のTVシリーズ発売から間が空いてるから、油断してましたよ・・・。

 

book.pia.co.jp

 

後年、リメイクされた映画「GANBA・ガンバと仲間たち(野村萬斎さんが、ノロイの声やってたヤツ)」じゃなくて、「しっぽを立てろ~~!」の野沢雅子さんの「ガンバの冒険」ですからね。お間違いなく。

尚、映画「ガンバの冒険」は正式タイトルは、「冒険者たち ガンバと7匹のなかま」。TVの再編集版ですが、セリフはオリジナルキャストによる新録音です(「カワウソ~」の方は、監督と音楽がTVと違うし、忠太は出ていません)。では。

子供の頃の思い出「漫画・アニメ三昧」(3)~「推し」との交流の話

こんにちは。このシリーズのラスト回です。

 

最後に推しの話。当時ファンになった方達との交流について。という事で、自叙伝と共にご紹介します。

 

まず、「サイボーグ009」の原作者・石ノ森章太郎先生。

「章説・トキワ荘・春」(1981年・スコラ・講談社

 

ゲゲゲの鬼太郎」の声優・野沢雅子さん。

「ボクは、声優。」(主婦の友社・1995年)

 

ルパン三世」のアニメーター・大塚康生さん。

「作画汗まみれ・増補改訂版」(徳間書店・2001年)

 

作品ではなくて、作った方の方達です。私自身が「作品を好き」「キャラが好き」よりも、製作側に興味を持って、色々知識を詰め込み(笑)、作った方達のファンになり。さらにその方達が関わった他の作品にも興味が行って、と、どんどん広がっていきました。

ここに上げたこのお三方は、最初はもちろん作品のファンになった事がキッカケでした。けれど、実際に交流してお人柄に触れると、人間的に器の大きな方達ばかりで一層のファンになりました・・・。

そう、実際にお会いしてお話ししたり、お手紙のやり取りをしたり、サインをいただいたり、と長くおつきあいさせていただきました。

 

もちろん、作品も好きでしたが、恐らく描いた作品、作画、演じた役の声、等から、それぞれの方達の人柄がにじみ出てて魅かれたんじゃないかな~と思います(その人の出しているエネルギー(想いや熱量)が、感覚的にわかるみたいなので)。

 

インターネットも無い時代、今ほど情報が出回らなかった事と、まだまだ活発になり始めの頃でしたので、ファンも昔の方が恵まれていた様な気がします。

 

石ノ森先生は、生前何度もお会い出来て「熱心な「サイボーグ009」のファン」として、覚えていただいておりました。

初めて石ノ森先生とじっくりお会いする機会があった際、「この先生は、人間的に大きい人だ」と感覚的に思って、後日、他のファンに「人間としての器の大きい人」と話したのをよく覚えています(実際にそれしか説明しようがない感じ、とにかく人間としての大きさを感じたのでした)。エネルギー的な感覚なんでしょうねぇ。

それ以来、石ノ森先生ご自身のファンになってしまって、一層他の作品を読み漁り、「009」は後ろに行きました(笑)。

ただ、先生がいらっしゃらなくなってから、さらにアニメ等、他の人が描かれた(作った)「サイボーグ009」って、出ているエネルギー自体が全く違うので、そういう意味で別物なんですよね。話がどうの、キャラがどうの、とは違う次元で。自分は「石ノ森先生」ご本人の描かれた「009」だったから好きになったのであって・・・。(アニメは作品によっては、世代的に別物として好きなのもありますけれど。)

 

野沢雅子さんとは、十代の頃、お手紙のやり取りをすごくさせていただいておりました。

個人的には、小さな頃大好きだった「ゲゲゲの鬼太郎(一番最初のモノクロ版)」の久々の再放送があったタイミングでファンになったんです。

当時の声優さんって、ブームもあって忙しかったハズで、運よくファンレターのお返事があると学校で皆で、あれこれ話をしていたのですよね~~。

もちろん、その頃の野沢雅子さんは、映画の「銀河鉄道999」のイベント等でご多忙。しかし、あの頃はファンレターをお送りするとちゃんとお返事をいただけたんです。

また、こちらで開催された映画「999」のイベントでは、サイン会と共にファンとの夢の(!)アフレコ共演もあり、自分もちゃっかり野沢さんと共演させていただきました!

野沢さんはすごく優しい方で、「ファンレターをくださった方のお名前は忘れませんよ」「そっちへイベントで行きます」等、何度も何度もお返事をくださいまして。クリスマスプレゼントで「怪物くん」カレンダーを頂いた事もありました(野沢さんからいただいた返信は全部残してあります)。

野沢雅子さんとの交流は、一時期途切れた事があったりはしたのですが、有難い事に今でもやり取りをさせていただいております・・・。

 

アニメーターの大塚康生さんは、再放送の「ルパン三世(最初の)」からのファン。アニメ雑誌での連載「作画汗まみれ」がすごく面白かったんですよね。あの宮崎駿監督や高畑勲監督の先輩でもあり、盟友でもある方、と言ってもいいでしょうか。

後年、インターネット上で個人サイトを持たれて、そこでファンの人達とのんびり交流したり、遊んだりしていらした(と思う)んです。ファンだった自分も、そのサイトの常連の一人でした。一度、サイトでの「ルパン三世お絵描き大会」で、自分も参加して私が描いた「ルパン」の絵の添削をしていただいた事もありました。

当時、全国巡回の「ルパン三世」関連の展示会で、大塚さんのサイン会もあり、参加しました。その折、初めてお会い出来て。すでにネット上で交流があったので、気さくにお話しをさせていただきましたよ。

さらにサイン会の後で、私らサイト常連と大塚さんの数人で、喫茶店(レストラン?)でミニお茶会。その際、私は珍しいキャラをリクエストして、色紙に描いていただきました(「太陽の王子ホルスの大冒険」のホルス。あまりリクエストする人はいなかっただろうキャラで、後日、「珍しくホルスを色紙に描いた」と大塚さんが他の方におっしゃったのを、人づてに聞きまして、「それ、私だわ」と(苦笑)。)。

大塚さんはアニメーターとして凄い、だけの方ではなく、お人柄もやはり器が大きい人。しかも楽しくて面白い方でした。

 

今になると、こうした楽しくて懐かしい思い出ばかりです・・・。

 

私自身、フットワークが軽くなったおかげで、他にも大勢の「推し」作品に関わった方達にはお会いしています(サイン会やイベントで)。

漫画家では手塚治虫先生、やなせたかし先生、モンキー・パンチ先生、安彦良和先生、他。

後年、「鉄腕アトム」でお馴染みの声優・清水マリさんにもお会い出来ました。

好きな特撮ですと、「仮面の忍者赤影」の主演の赤影(坂口祐三郎)さん、青影(金子吉延)さん、「ウルトラセブン」のモロボシ・ダン森次晃嗣さん)、「ウルトラマン」の中の人で「ウルトラセブン」のアマギ隊員(古谷敏さん)等、色々な方達にお会いしました。

 

後、作家でもあり、脚本家の辻真先先生には、アニメイベントで一度お会いして、さらに後年、サークルのインタビューで熱海のご自宅にもお邪魔させていただきました。

 

「TVアニメ青春記」(1996年・実業之日本社

 

自分自身、作品内容も詳しいので(ご本人より(笑))、会話がはずみました。こっちも童心に返って元気を頂いてました。

 

インタビュー以外は、殆ど一人で参加してましたので、そっちは気楽でした。今でいう、「推し活」でしょうね~~。

 

自分はこんなにもアクティブでフットワークの軽い人間だったんだ!と自覚し、目覚めましたわ(もっと子供の頃は内向的で暗すぎた)。

 

という訳で、「漫画・アニメ三昧(と言いつつ、特撮も含む)」についてはこの位にしておきます。

ここまで、読んで下さって有難うございました。

 

PS:昔は貴重なサインや資料類をブログ等に気軽に載せていましたが、トレスしてオークションに出す、勝手に使う、等が起きてましたので、今はそれらは載せません。ご了承を。

上に載せた野沢雅子さんと大塚康生さんの本は、サイン会で直接サインを頂いた本です。(辻真先先生の本もインタビュー時にサインをいただいてます。)

懐かしいもの「1970年の大阪万博グッズ」

こんばんは。今週のお題「懐かしいもの」だそうです。

今回は、参加してみます。

 

1970年の「大阪万博」のグッズ。

ガスパビリオンのキーホルダーです。まだ持ってます。

あの時の大阪万博は、何度も行きました。

 

このガスパビリオンも行ったし、空中ビュッフェ、フジパン・ロボット館、松下館(現:パナソニック)、日立館はよく覚えてます。あと月の石も見ましたわ。

空中ビュッフェはカプセルの中に入って(観覧車みたいに動く)簡単な食べ物を中で食べる感じでした。松下館では、生まれて初めての抹茶を飲んだなぁ。

 

混んでいたせいなのか、太陽の塔の中は行かなかったですね。

 

あの頃の大阪万博ってすごく楽しみで何度行っても面白かったけど、今度のは行く事はないと思う・・・。あのマスコットキャラが・・・個人的に無理で・・・。

 

※ しかし、せっかくキーホルダーは残っているのですが、ガスパビリオンの中がどうだったかあまり記憶がない。映像を見せてもらったのがここだったのかなぁ?

来年の万博の方も、ガスパビリオンが出るようですが、オバケがテーマらしい。

龍神様との関わり~神社仏閣での不思議体験

こんにちは。

今日は別の話。神社仏閣巡りと、その不思議な体験・・・龍神様との関わりについてです。

 

あちこちの神社仏閣巡りは、2011年~2014年頃までで休止してます。2014年に、手足を怪我してから以降は、遠方には全く行ってはいないので(すみません、昔からよく怪我をする人です)。

当時、私自身は神社などに行って、その場所の土地の浄化に行っていると言われた事もありましたが、さて??(私は一体何者~~?!)

 

ただ、振り返ってみると、水(龍神)に関わりのある神社での不思議な事や偶然(?)遭遇な出来事が多いのです。

今回思い返してみて、そういえば・・・な現象をあれこれ。

 

まずは、京都の八坂神社。あそこも龍神様がいるそうです(当時は知らずに行った)。

写真は用意できていませんが、2011年か2012年にお邪魔した、京都の八坂神社のエネルギーが半端なく・・・。

偶然、百貨店の展示で、下鴨神社の「御手洗祭(みたらしさい~みたらし団子の元になったお祭り)」のポスターを見かけて、どうしても行きたくなり。せっかくの京都なのと、祇園祭の最中でしたので八坂神社へも行きました(7月)。八坂神社近くの帆布バッグも欲しかったし(笑)。

が、真夏の京都で炎天下なのに、八坂神社の中はエネルギーが違っていてすごく涼しかったのでビックリしました。

その日の京都の暑さ自体とあまりに体感が違うので、何が起きているのか?と思い、暑い箇所と涼しい箇所の切り替わり場所を念のため、確認したほどです。「八坂神社」に入る階段から上、つまり、中は涼しくて、階段を降り、歩道に出ると途端に普通に暑いという不思議な体感でした(結界の中は涼しい、みたいな感じ)。だから、「神社の中は全くエネルギーが違うんだ」と思いました。

ただし、後年、祇園祭以外の時期にまた行った際は、そんな違いもなく、普通の体感でした。どうやらあの時だけ(ひょっとしたら、祇園祭の最中だけ?)、エネルギーが違っていたという訳なのでしょうか。

 

似たような事は、三重県五十鈴川駅近くの「月読宮」でもありました。横を通ると、神社の木々の間から涼し気なエネルギーが漏れ出てましたから。中はやはり涼しかったですが、エネルギーが強い感じでしたね。

 

神社の中と神社の外で明らかに気(エネルギー)の流れが違ってて暑さも極端に違う、と言う…。

 

八坂神社の時の話に戻りますが、その後で、下鴨神社に着いたら少し雨に降られました。

 

さて、下の写真は、岐阜県の伊富岐神社。他の方から、何かメッセージめいた物をいただいたので、行った神社です。

2011年か2012年に行った際に撮影した写真です(昔のガラケーで撮影)。これは、本殿ではなく、左手の方にあった小さな祠。左上にオレンジ色の光が写ってます。写っているのは、龍神様では、と他の方達に言われましたが果たして・・・?

その後、ここにはもう一度お邪魔しています。

 

次は・・・。光り輝いている不思議な写真を。

愛知県の清水社の祠の写真(2012年)。

このブログの背景にも使っています。

 

後は、2012年に行った「三輪山」。天気は曇りだったか。ですが、頂上に登った途端、雨が降り始め雷鳴が・・・。下山中は小雨。山から降りたらやんだと思います。

歓迎されてるのかな~と思いました(笑)。

三輪山の神様は蛇神様という事は知ってましたが、これを書く前に確認したら、水神や雷神の霊能をお持ちだとも言われてるそうですわ(なるほど)。しかも、蛇と龍は関係も深いらしい。

 

最後はオマケ。京都の東寺の写真だけは出てきました。京都も何度か行ってまして、この時は他に上賀茂神社にも行きました。京都のお寺も、昔行き損ねた清水寺や、六波羅蜜寺(「空也上人立像」を観に)、三十三間堂等にも・・・。

 

東寺(京都・2013年)

 

そういえば、骨折前(昨年)に弘法大師空海)関連で不思議な事があって、京都の「神泉苑」という所にも行った方がいい(行かなくちゃいけない?)らしい・・・けれど、足の状態のせいでまだ行ってない。そこは弘法大師が雨を降らせた場所で、善女龍王社がある場所との事(聖観音がご本尊だし)。実は、上に写真を載せた「東寺」とも縁が深いそうで・・・。後で、ビックリ。

 

以前、三重の椿大神社や、元伊勢の瀧原宮、愛知の真清田神社も行きましたね。

そうそう、真清田神社へ行った時は、中の「八龍神社」で、神主さんが神事をされるタイミング良く遭遇。そこにいた方達(恐らくご近所の方達)と一緒にお参りしました。神主さんが、祝詞をあげている最中、私の体がカ~ッと熱くなり、汗がダラダラ出て不思議な感じでした。ここは本殿(正殿)ではないので、本当に偶然、でした。あ、真清田神社の中の八龍神社も、龍神様でしたね。(後で伝承を調べたら、ここも弘法大師に関わりがありました。何かご縁があるのだろうか?ついさっき知ったのですが、先日載せた「室生龍穴神社」も関連があるらしい??そもそも、神泉苑祇園祭発祥の地で、八坂神社ともかかわりが深いそうですし。行ってる場所が繋がって来てる・・・。)

 

神社仏閣巡りも、実は行きたいな~と思った場所に直感的に行ってただけなので、後で関連を知ってビックリ、という事が多くて・・・。琵琶湖の竹生島もそうでした(東京に来ていた時に偶然お会いした竹生島の観音様に、もう一度会いに行ったのですが)。

やはり水・・・龍神にご縁があるのかな、と思います。

 

身近な話。最近、この時間だけ雨が降らないといいな…と思うと、やんでいるな~という事が増えている気がします(昨日も実はそうだった。天気予報では一日雨のハズだったのに、何故か自転車で出かける直前に日の光が・・・)。段々、天気が操れるようになってきた気がする(大笑)。

そういうば、昔の豪雨時も予感がして危険を逃れた事もありました(二回ほど)。

「雨女」「晴女」ならぬ、「龍女」というのがあるらしいが、天気が操れるらしいし、内容を見ると結構当たってるかも。それでは。

 

PS: 余談)神社やお寺に行きすぎる事は良くない、という話がネット上にあるので驚きましたが、これって実際にはどうなんでしょう?私は、別に何とも無かったですけれど(実際、京都・奈良はそのパターンばかりでしたし)。誰かが言った事がネット上に流布してる感じでしょうか?それともお参りする際の、意識の問題かな?

意識と言えば、昔、伊勢神宮に行った際、絵馬やお守りを扱っている社務所で、巫女さんに因縁つけて大声で怒鳴ってる自称「社長」さんを見かけた事があります(自分で、「俺は社長だ」云々と言っていた。その後は、高笑いして歩いていた)。これでは、神社に来て参拝するという姿勢じゃないよな~と思った事を思い出しました(さすがに、それを見てちょっと嫌な気分になりましたわ)。

子供の頃の思い出「漫画・アニメ三昧」(2)~夢中になれた青春時代

こんばんは。

 

中学・高校の思い出というと、ほぼアニメと漫画の話になってしまうのは、楽しかったからでしょうね。

あの頃、周りで人気があったのは、漫画だと手塚先生の「ブラックジャック」「三つ目が通る」、萩尾先生の「ポーの一族」「11人いる!」、竹宮先生の「空が好き!」「風と木の詩」「地球へ・・・」等など。

 

アニメはいっぱいありますけれど、当時放送してた物では、「惑星ロボダンガードA」「宝島」「ザンボット3」「ダイターン3」「機動戦士ガンダム」「キャプテンハーロック」「サイボーグ009(新)」等は内輪で人気がありました。

後は、今と違い、朝や夕方、又は夏休みなどのお休みによく放送してた再放送のアニメ。再放送で人気が出た物は、それこそ「宇宙戦艦ヤマト」や「ルパン三世」ですね~。この頃、再放送をチェックする為に、テレビガイドをよく見てました(立ち読み)。

また、その頃のアニメ映画にもよく友達と観に行きました。「宇宙戦艦ヤマト」「さらば宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「さよなら銀河鉄道999」「ルパン三世 ルパンVS複製人間」「ルパン三世カリオストロの城」「科学忍者隊ガッチャマン(総集編)」「家なき子(総集編)」「母をたずねて三千里(総集編)」「シリウスの伝説」「ユニコ」「機動戦士ガンダム」「くるみ割り人形人形アニメ)」「宇宙戦士バルディオス」「六神合体ゴッドマーズ」「わが青春のアルカディア」「クラッシャージョウ」「幻魔大戦」「コブラ」「ザブングルグラフティ(ダグラムと併映)」「ファンタジア(リバイバル)」「風の谷のナウシカ」「北極のムーシカミーシカ」他・・・等の映画を観に行き、当時は入れ替えが無かったので、何度も観るために半日くらい映画館にいたりもしました。

二人程で何度か「東映まんがまつり」へも行ちゃいましたわ(笑)。無料券をもらったり、試写会が当たって、それで行った事も結構あります(映画は洋画・邦画含め、結構行ってました)。アニメの試写会は、パンフ他がもらえたりもしました。

 

アニメ制作会社も当時はよく自社作品の上映会を開いてましたが、ファン(ファンクラブ)が上映会をファンの為に主催する、という事も多かったです。あとは、大学祭などで上映する、とか。それも各地で上映会をやってくれたので、よく行ってました。あと、どっかの学区の子供上映会も(苦笑)。

 

書籍も、初期は「ファントーシュ」という専門的なアニメ誌がありましたが、その後、大手の出版社のアニメ誌「アニメージュ」が創刊され、それから他社も続々と発売。一時期は「マイ・アニメ」「アニメディア」「ニュータイプ」「ジ・アニメ」と凄い事に。それからちょっと路線の違う「アニメック」「OUT」「ふぁんろ~ど」等など、色々出てましたわ。

余談ですが、アニメとは別に、朝日ソノラマから特撮の情報誌「宇宙船」という本が創刊されたのも、この頃でした(この朝日ソノラマ漫画誌「マンガ少年」では一時期、アニメ情報が連載されたり、別冊が出たりもしてはいた)。

さすがに学生だったので、本を沢山買う事は出来ず、殆ど立ち読みして、どうしても欲しければ買う、又は、皆で一冊を分ける、という事をしていたわけです(この頃は、書店の本は付録がない限り、縛ったりビニールに入れる、なんて事はされていませんでしたので)。

 

まぁ、アニメが商売になる、というのがハッキリした訳ですよね。

だから、レコード会社もアニメ作品のLPレコードを数多く発売するようになりました。ビデオがまだそれほど普及していないので、メインはレコードの音声のドラマ編とか・・・。自分は、アニメ主題歌はEPを買うより、何作品か収録されているオムニバスのLPレコードもよく買ってました(この方が割安)。

 

そうそう、ファンクラブというのも、全く知らない人達と知り合えるし、同じ作品を通してあれこれ語る事が出来たので楽しかったです。その当時は、作品に関わったスタッフがファンのインタビューに答えてくださる、という事も多かったですね。だから、会誌を読むのがあの頃は楽しみでした(当時は、二次創作中心でなくて、討論中心の研究誌、の雰囲気でしたので←自分はこの方が好き)。カットや意見を書いてよく送ってました。

ここでいうファンクラブというのは、公式の物ではなく(公式では、「宇宙戦艦ヤマト」FCや「ルパン三世(後に東京ムービーFCに)」FC、東映動画(現:東映アニメーション)FC、虫プロFC等、製作会社が主催するファンクラブも当時はありましたが。)、アニメや漫画好きなファンが主催し、同世代のファンが集まってやる会員制(会費制)のファンクラブです。こうしたファンクラブに入会したおかげで、会費を送るために郵便の「定額小為替(無記名)」というのをよく利用しておりました。

公式のFCも少し入ってはいましたけれど・・・。もっとも、公式FCの方でアニメグッズをあれこれ売ったり、それと別にアニメショップ(当時はアニメック・アニメポリスペロ等)が出来たりして、沢山のグッズが発売される様になりました。

 

下の写真は、当時、焼き増ししてもらった、または自分でTV画面を撮影した写真の一部です(ある程度残っています)。あの頃は、ビデオは高額で、一部の人しか持っていなかったので、画面撮影しかなかったのですわ(ドラマなどの音は、カセットテープに録音してました)。

ただし、シャッターチャンスを狙うと、レンズ越しにTV画面を見る形になり、TVを楽しむというより、いいシーンを狙う方が優先されてました。

※再放送か、アニメ特番で撮影した物。

左)キューティーハニー(二枚) ・ドロロンえん魔くん

右)ドロロンえん魔くん(二枚)・サイボーグ009(旧)。

 

ご覧になってわかる様に、当時本放送をしていた作品より、幼少期に観てた作品の方が遥かに大好きなので、このラインナップです(笑)。(ちなみに上の写真で、自分が撮影したのは「ドロロンえん魔くん」!)

 

幼少期にコソコソと一人で「好き」でいた事が大っぴらにやれるようになり、同じ趣味の友達も大勢出来て、私自身解放されて青春を謳歌してた感じでした。

 

アニメ雑誌一冊を学校の誰かが購入すると、本を分解して好きな作品ごとで皆で分け合ったり、あーだこーだと作品について議論したり、レコードやカセット(TVやラジオの音声等を録音した物)を貸し借りし、アニメのTV画面を撮影した物を焼き増しし合ったり。皆が自分の好きな作品や声優のFCに入り、会誌を回し読みしたり、アニメや声優のイベントに行ったり。アニメの資料も回って来てコピーしに行ったり、アニメショップに行ったり。特に、高校生の時はそれが多くて。しかも、学校の側に書店があったので、帰りに友達と毎日行ってチェックしてましたわ。

 

相変わらず絵や漫画は描いていて、そのうち、サークルの会誌参加だけではなく、自分自身も今でいう同人誌を作ったり(オリジナル作品じゃなくて、推し作品の)、他の方の本に参加したりもするようにもなりました。同人イベントにもよく参加してました。

 

最も親は相変わらずうるさかったですけれど(特に片親が過干渉だったので、私は家の中ではやはりコッソリとやっていた、と思います)。

                       (つづく。)

子供の頃の思い出「漫画・アニメ三昧」(1)~変わってきた自分

こんばんは。

 

今でこそ、大人がアニメや漫画を観ていても何も言われなくなりましたけれど、昔はそうはいかず、ある程度したら「卒業する」みたいな感じが間違いなくありました。

 

私自身、暗めの小学生時代を過ごしていましたけれど、これが中学~高校生になりますと、状況も徐々に変化。小学校の時と同じ顔触れが殆どいない学校へ行きましたので。

この年齢になると「アニメ・漫画」から卒業しなくてはいけないのかな~、と思っていましたが、まず漫画「ベルサイユのばら」が大ブームに(好きでした)。それが一段落した後で、今度はアニメの「宇宙戦艦ヤマト」が大ブームに。社会現象化し、公にこういった話題を出しても問題がない雰囲気が訪れ、おかげで学校内にも一挙に「漫画・アニメ仲間」みたいな友人達が出来ました。

 

うん、私は「ヤマト」のブーム直前に、今度は「サイボーグ009(原作)」にどハマりしまして。「009」を読んでみたいと急に思って、立ち読みして一気に(元々、幼い頃にアニメ版「サイボーグ009」を観てたから作品その物は知っていました)。

この立ち読みした原作の「誕生編」が衝撃的に(!)面白かったのです。漫画に圧倒されたというか、作品から溢れ出るパワーを受け取ったのかなぁ。それが、「面白い!」と感じたとでもいうべきか。今思うと、あれは原作者・石ノ森先生のこの作品を描くに当たっての「面白い物を作るんだ」という熱量(エネルギー)だったのではないかなぁ、と思っています(それまで自分(又は姉)の為だけに描いていたそうですが、「009」からはプロ意識を持って描いたとの事です)。他の作品から、あれほどの衝撃を受けた、という事は一切ないので・・・(例え、同じ原作者の物でも)。

 

特に、高校生になってからは、自分自身も相当変わってきました。友達と一緒に何かやる、友達と騒ぐ、友達と何処かへ行く、等など、積極的になり、フットワークもかなり軽くなりました。今でいう好きな物…「推し」の力なんでしょうねぇ(笑)。

元々、「絵」を描く事は好きで、「ベルサイユのばら」はキャラを使ってオリジナルストーリー(今でいう二次創作で、「ベルばら」からは逸脱してた。残っていません。)を描いたりしていましたが、「009」以降はもっと本格的に「イラスト(ファンアート)」や「漫画」をペン入れして描いたりしました。学校に出来た「漫画研究会」にも入り、オリジナルのイラストもあれこれ描き始めました。

 

現存してた、スケッチブックのラクガキ(1978年)。

 

が、「サイボーグ009」の影響で、それまでの少女漫画大好き傾向から、少年漫画みたいに「少年」の方をメインで描くようになってきました。絵柄も、元々の絵柄+石ノ森先生の絵柄みたいな感じに。

下は、「009」の年数別のカット(「S.」は昭和)。

長い間描いたので、絵柄の変遷です(笑)。

前も書きましたが、学校の皆は「推し」作品や「推し」キャラの傾向が全く違うので、一挙にアニメや漫画の知識は広がりました。

他の人と二人でリレーマンガ(鉛筆で)も描いてました。アニパロみたいなヤツ。

学校の文化祭で、先輩らが有志でアニメ研究を発表していたのに刺激を受け、翌年は自分達が同じような事をアニメファンの有志でやりました。

学校の友人だけではなく、外部にも友人を作ったり、FCに入ったりも。仲間の輪、みたいな物がどんどん広がって行きました。

 

勉強そっちのけ(!)でしたけれどねェ(汗)。

 

この当時に今の自分の基盤が出来てるんじゃないか・・・、と(笑)。

                            (つづく。)